人間理解を深めるための四柱推命研究

京都在住育児ママ占い師の四柱推命の学びブログ

四柱推命がやはり存在するという実感をを子供から学ぶ

 

 

「この子は頑固やぞぉ〜」

 

「めっちゃスピーディーに動きそうやなー」

 

息子が生まれた時に命式を初めてみた時に思ったことです。

 

2歳半になった今、もうすでにありえない頑固さを日々発揮しまくっております・笑  大人でもそんな意地張らんでー!ってくらい意地っ張りです。

 

そして、普通は歩いて行くやろってくらいの短い距離も全速力で走り、スピード出しすぎて色んなところに突進してぶつかって思い切り倒れます。何度も同じことを繰り返す。多動ぎみ、いや多動です。

 

でもこの命式で生まれてるので、よく考えたらこの状態はとても自然な流れであり頑固でない方がおかしいんですよね。普通に生まれ持った命式の自然さを生きているだけなのやろね^^;

 

 

幼い頃は、誰しも生まれ持った基本命の特徴がまっすぐに出やすいようです。大人になるにつれて色んなことを経験し学び変化していく。

 

そう考えたら、子供をよく観察すると命式の特徴そのものを示しているということですね。子供の頃にすごく好きだったことが、その人が本当にしたいことであったり魂の望んでいることに近いのかも。ありのまま、だから。

 

大人になると、色んな言い訳やできない理由を作って素直にしたいことができなくなることもありますよね。なんだか余計なことばっかり考えて行動できなかったり、それは妄想なのか現実なのかも分からないほどに考えすぎたりしてしまうことってあります。

 

でも子供はとてもシンプルに生きてる。

 

嫌なことはいやだし、好きなものには飛びつく。

 

子供から学ぶことは本当に多いです。

 

 

娘にしても、やっぱり同じように命式の自然さをそのまま生きてるな〜という感じです・笑

 

この個性を知って活かせる大人になるために、好奇心を目一杯育ててあげられたらなーとその方法を模索中であります。

占いで「幸せなはずの時期」になぜかそうならないという話

四柱推命の大運からみると今まさに幸せな時期であるはずなのに、なぜか全く幸せではなくむしろ試練の方が多い、、、

 

ということがあります。

 

四柱推命の基本的な見方として、命式と大運との関係で五行のバランスが取れている時期がいわゆる幸運な時期であるとされています。

 

しかしこのいわゆる「バランスのとれた良い時期」は、実は「一般的にいわれる幸せ」であり「その人個人が思い描く幸せ」とは少しズレがあることもあります。

 

人それぞれ、

 

「何に一番幸せを感じるか?」

 

は違っています。

 

物質的な豊かさを求める人もいれば、精神的な豊かさを求める人もいるし、その二択ではなくその中でも一番求めるものはそれぞれなんですよね。

 

命式と大運の兼ね合いで五行のバランスがとれている時期は、いわゆる物質面でのバランスがとれている時期ともいえるし、それによって精神的バランスが良くなるということもあります。

 

一方、五行のバランスはいまいちだけれど命式の景観的な見方で美しい風景になっているとき、それは目に見えない満足感だったり一般的ではなくてもその人が本当にしたいことが上手くいくということがあったりするようですね。

 

幼い頃から誰かに教えられた幸せが、本当の自分の幸せと一致しないこともある。大運はいわゆる良い時期で、すべて安定はしているのになぜか幸せではないというのは「何をもって幸せか」というところによるのでしょうね。

 

良い悪い、というのは裏と表に同時に存在しているということ。

 

人生は白か黒でもなく、グラデーションのように少しずつ変わったり混ざっていたりする曖昧なものなのでしょうね。

 

四柱推命という思想体系?学問?で人間の人生を解き明かすことは、一体どこまでできるのでしょうか。

 

分からなくて不思議で、でもほんの少しだけ宇宙や自然のしくみに触れることができる方法が私にとってはこれなのかもしれません。

 

答えはないということの向こう側

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色んな知識や経験が増えれば増えるほど、実は物事の本質から少しづつかけ離れていっていることがある。

 

色んなことを知ると、思い込みも同じように増えていく。

 

どんなに多角的に物事を見ようとしても、見ている人は1人だとやっぱりその人のめがねで世界を見ることになる。ひとりひとりにそれぞれのめがねがあって、そこから見る世界は人の数だけある。

 

何が言いたいか。

 

何か言いたいわけではない・笑

 

 

育児にも四柱推命にも明確な答えというものはない。

いわゆる一般的な考え方や昔から伝えられているセオリーのようなものはあるけれど、本当のところ答えなんて誰も知らないしきっとない。まだ発見されていないことが多いだけという可能性もあるけど。

 

ただ今日もあるのは、つもり積もった「謎」

 

子供と濃い時間を過ごすほど、

 色んな命式と出会っていくほど、

 

とりあえず今のところの「正解」という落としどころすら分からなくなる。

 

 

でも、だから興味があるしその道を私は自分で選んだのだろうと思った。

 

どこがゴールか分からない、道なき道を歩んでいる研究者の方や私の四柱推命の先生のような人のことをすごくカッコイイ生き方だなあと憧れるので。

 答えはない、で済ませずにそれを超えていこうとするその生き様。

 

学びながら気付くことってすごく多いですね。

 

変な生き方しか私はきっとできないけど、なんやかんやでそっちの方が面白いだろうという予感とともに生きています。

 

 

今回はちょっとしたつぶやきでした。

 

 

PS

先日期間限定の夜の植物園に家族で行ってきたんですが、夜の温室がちょっとミステリアスで最高に楽しかった。カップルがいたんだけど、夜の植物園にデートに誘う男性って素敵やなぁ~♪と思いました。まあ女性が誘ったのかもしれないけど・笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大運の初旬にまつわる夢のはなし


尾崎世界観作詞・作曲FM802「栞」MV フルver.(FM802 × TSUTAYA ACCESS! キャンペーンソング)


桜が待ち遠しい時期ですね。

この曲を聴くと元気が出るので、最近の朝のテーマソングです。


大運の初旬(一番最初の大運)は、その人の人生にとても大きな影響を与えているといわれます。

大運のはじまりの年齢は人によって色々ですが、大運の初旬は両親などの身近な人の影響や環境が後の人生を大きく左右するため命式を解読する時には重要視しなければいけない部分でもあります。


・基本命のあり方

・基本命と大運の初旬との関係

・実際の両親との関係や家庭環境


これらはその人の人生に一生つきまとうもので、めぐる大運が変化しても色んな人生経験を積んでも本質の部分として変化しない(なかなかしづらい)もののようです。

父親はその人の男性に対する見方、母親はその人の女性に対する見方に大きく影響しているので、男女関係の問題を四柱推命で考える時には必ず幼少期の両親との関係性を相談者様には聞かなければならないということですね。命式からもともと両親のどちらかとの関係がいびつかもしれないとか、親との関係が極端かもしれないと予測がつくこともあるけれど、それが絶対ではないしヒアリングはやっぱり重要なのだと思います。


年運(今年なら己亥)大運の初旬が同じ干支になることを、

初歳並臨(しょさいへいりん)

というらしく、こういう年は大運の初旬の頃(子供の頃)に夢見ていたことが蘇ってきてその頃の夢を叶えたり、幼い頃の夢見ていたことが今の自分を変えるきっかけになったりする年だそうです。


まさに今年が私にとっては初歳並臨の年なんですが、正直以前に先生からその話を聞いた時は「えー、そんなことあるかなあ」という疑いの方が大きかったんですよね。だって幼少期の夢とかあまり覚えてもないし、そもそもあったかなという感じで。

でもですね、

2月に年が変わってまだ2ヶ月ほどだけれどなんと1つそれに当てはまることがありました。


4月に私の突然の思いつきでキャンピングカーを借りて家族旅行に行くことになったので、先週下見にレンタカー屋さんへ行った時のこと。キャンピングカーの中を見た瞬間になんだかものすごく妄想?想像?が広がって、いつか絶対キャンピングカーを買って日本中を放浪したいと妙に強く思ってしまって。車の中でパソコンで仕事をしながら数ヶ月、放浪しながら暮らす(笑)もちろん現実的にそれが可能なのは子供が大きくなってからなのだけれど。

そこから妄想は止まらない。

キャンピングカーで移動占いサロンをしたり、夫が以前やってた移動販売なんかも兼ねて仕事も楽しみも移動しながらゆるゆる生きる。そう考えたら、最近では一番幸せな気分になったんですよね。行ってみたい場所がたくさんあるし、もともと家にいるのがあまり好きじゃなく刺激を求める私にはぴったりだと。夫に話したら笑ってたけど(笑)


ネットで調べて見ると実際にキャンピングカーでリラクゼーションサロンしている人や占い師をしている人はいるようで、キャンピングカーに住んでいる人までいました。自分の知っている世界なんて本当に小さいんだなと実感します。


で、話を戻すと・・・

実は小さい頃から妄想の世界に生きることが大好きだった私は、大きな車の中を家みたいに改造して旅行しながら暮らすという設定で大きな画用紙にその車の内部の絵を描いていたことを思い出したんです。他には大きな木の中をくり貫いて家にしたりというものもあった気がするけれど。

まさに昔の夢が蘇った感じだなあと妙に感心というかなんだか楽しくなったというか。

あの頃夢見ていたことはただの妄想ではなく現実にやってる人がいるということにびっくりした・・・ほんと色んな生き方がある。



まだ今年ははじまったばかりなので、これからどんな広がりがあるか楽しみです♪

3月(丁卯)の日々観察日記~私にとっての木気とは~

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2019年3月は私にとって少し特殊な月になるだろうと予測していたので、実際にどんな象意としてあらわれるかを観察しています。

3月は・・・

三合会局 亥卯未
東方合  寅卯辰

大運の「壬」と月の「丁」が木旺の大運のため化木します。

ということは、今月限定だけれど五行のバランスでみると木気が異常に多くなる時期なんですね。私にとっての木気は「財」にあたります。

財はお金をあらわすこともありますが、人材であったり何かの行動の結果であったり色んな意味に取ることができます。


さあ、私の命式に木気が与える影響とは何か?

丁壬化木で木気旺盛になる状態は、実は2017年の1年間がそうでした。2017年に起こったことは本当にたくさんあったけれど、今振り返るとテーマは「人間関係」「子供に関する活動」という感じでしたね。いつになく学びの多い年だったことは間違いないです。

今月もやっぱり同じようなことがもうすでに起こりました。子供の活動に関わる人間関係・・・保護者同士の関わりですね。何かモメたとかでは全然ないけれど自分的には「ああ~しんどいぞ」というような出来事がやっぱり起こったのです。

しかもそれが集大成のように起こった日の干支が「甲寅」・・・笑

四柱推命は日の干支も本当にあなどれない。


ここから分かったのは、私にとっては過剰な木気は今の時点では「子供に関する活動(人間関係)など」ということになるわけですね。

それは、私にとっては今回の人生における大きな課題のひとつなんだと気付きました。

試練は「官殺」である場合もありますが、私の命式の場合は官殺が印を生じてしまい日干を剋することができない命式です。なので、直接剋されない官殺は試練にはならないということですね。官殺は女性にとっては男性性であり仕事でもある。私の日干を攻撃してくるものは旺盛な木気だけなんですね。ということは、今回の人生では男性や仕事のことよりも、私にとっては子供に関する活動や人間関係の方が課題になっているのでしょう。


そうか、だから私は今育児をしているのね。

育児を通じて学ばなければならないことがまだまだあるのね。

だって、56歳まで私の大運は木旺・笑


まだまだこなさなければならない課題が多そうだけれど、自分の人生の一部を定点観測してみることで分かってくることは実はけっこう多いです。

自分にとって、次にやってくるものはどういう作用をするか。

そして、その対処法は何か。


今回のこの私自身の例でいえば、対処法としては日干である金が木に直接剋されるのを緩和するためには間に「水」を挟むこと。「水」は私にとっては自己表現であったり行動すること。ちゃんと思いを言葉にしたり、迷ったら行動するというようなことが身を助けるということなのかもしれません。


まだあともう少し、3月は続きます。

身強・身弱に生まれたその意味②

前回の続きで、次は身弱について。

 

《身弱》

 

日干のエネルギーが弱く、身弱の人は人と共に協力し合って社会を作り上げていくことができるタイプの人が多いです。

 

命式によっては、あまりに弱く自分を守るために表面的には攻撃的になってしまうような人もいますが、基本的には人と協調しながら和を大切に生きていくのが本来の道です。

 

命式に財や食傷が多い身弱の人は社交的で交遊関係が広いタイプが多いですね。自分のことよりも自分以外に意識が向きやすいため、よく気が回り周囲のことをよく観察しています。

 

一方で、人目が気になるので見栄っ張りになったり八方美人になってしまうこともあります。自分の気持ちを後回しにしてしまい、知らず知らずのうちにストレスを溜め込んだり疲れたりすることも。

 

身強のように一度にあれもこれも手をつけるエネルギーはないので、物事に取り組むときは順序や段取りが大切かもしれません。

 

現代の日本社会は、集団行動や規律をきっちり守り人と協調することを強く求められる側面があるので、組織や集団に属するのであれば身弱の人は身強の人よりも生きやすいとはいえるかもしれません。

 

 

身強身弱について少し書いてきましたが、これはあくまでも四柱推命で鑑定する上でのひとつの情報にすぎません。

 

身強だから、身弱だからどうということはまったくなく、良い悪いもない。ただ、その人の在り方だということ。

 

大運によっても、身強になったり身弱になったり変化しますし、その時期ごとに用神も変わります。ある時期だけすごく身弱になったり身強になることもあります。

 

すべては常に変化し続けている

 

ということは大前提です。

 

この前提なしに、身強身弱を語ることも四柱推命を語ることもできません。

 

 

ただ、人生に行き詰まった時に今どう動けばこの状況を打開できるか?というヒントにはなるかもしれません。

 

身の強弱だけでなく、命式の五行の在り方や通変ででるパーソナリティー、大運や環境的要因など本当にその人の人生をみようとするとたくさんの情報が必要です。俯瞰したり至近距離で見つめたりしながら、想像力豊かにその人の人生を感じながら。

 

まだまだ道のりはあまりにも遠いけれど、果てしなく奥深いこの四柱推命の世界からはこれからも抜け出せそうにはありません😁

 

 

 

身強・身弱に生まれたその意味

四柱推命でその人の在り方や開運法などをみる時に、基本的な情報としてかなり重要になってくるのが身強・身弱という考え方です。

 

人は一人ひとりまったく違った固有の命式を持って生まれてきますが、日干と月支の関係性を中心とした身の強い弱いが生まれながらに決まっています。

 

それは宿命的に与えられたエネルギーなので、良い悪いという概念でとらえるものではなく軽自動車とダンプカーのように同じ車でも用途も違えば活躍するフィールドも違うというような感じかもしれません。これは個々の命式にもいえることですよね。

 

《身強》

 

身強の人は、強ければ強いほどそのパワーを人以上に発散させて生きていく必要があるし、その有り余るパワーを誰かのために役立てていくというお役目があります。

 

内側に溜め込んでいると病気になってしまったり、パワーの使いどころを間違えると人を傷つけたり他人に迷惑をかけ続ける人生になってしまう可能性だってあります。

 

身強の人はアドレナリン中毒ぽいところがあるらしく、その自分のエネルギー発散のために敢えて波乱万丈な人生を選びがちな傾向にはあるようですね。

 

そして、陰陽でいえば身強は陰陽でいえば「陰」的です。閉じて収縮していく方です。自分に意識が向くので、悪く出ると自己中心的になりがちで自分の話をしたがる人が多いとはいえます。基本的に、人のために何かしてあげたり誰かのために頑張れば頑張るほど開運していくのが身強の特徴といえますね。

 

生まれながらに強いエネルギーを与えられている身強の人は、お役目としてそれを生かして人のために使っていくことが求められているのでしょう。

 

潤沢なエネルギーをどう使っていくか?ということが課題でもあるかもしれませんね。

 

 

身弱の人の特徴については次回に♪