運命学の視点から「人間」を考える〜四柱推命と易の可能性〜

占いを超えたところにある東洋運命学の深さを実感したい占い師のブログ

運命学の枠の外側

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四柱推命などの運命学で分かること、それは生まれながらにその人が持っている個性であったり、これから歩む未来のある程度の予見であったりします。

それを知っているかいないかでは、人生の歩き方は確かに違ってくるかもしれない。


でも、運命学を学び色んな人生について学ばせていただく機会が多いとふと思うことがあるんです。


自分のことを深く知ることって、けっこう怖いことではないか

と。


たしかに知ることで、

今すべきことや避けたいこと、

自分に向いていることいないこと、

何を生かして生きれば最善であるかということ、


など生きる上で無駄のない行動を取ることはできる。


でもそれと引き換えに、ある種の「枠」に縛られて少々不自由になることもあるのかもしれない。

知らなかったならば気にしなくて良かったことを気にしてしまったり、

「こうした方が良い」ということにこだわってしまい苦しくなってしまったり。


それでも私が運命学を学び続けるのは、

自己救済のためと、運命学によって生きることがほんの少しでも楽になる人が確実にいるからだと思います。


でもやっぱり運命学はあくまでもケーキの土台のようなもので、そこをデコレーションして彩るのは自分の選択や意思なんですよね。

本人の強い意志やエネルギーには何者も絶対に勝てない。


人生は自分次第で大きく変えることができる


これは私の願望ではなく、
多くの命式をみてきた中で確実にそうとしか考えられないという結論です。

命式通りそのままを生きているような人もいれば、

確実に自分の意志で、苦労も重ねながら大きく人生を変えてきたであろう人もいます。


きっと、

占いもたとえ神様だって、

そこに生きている人間がいかに生きるかという命の強度の前にはかなわないのかもしれません。


世界を動かしているのはやっぱりそこに生きている自然や人間。

不確かなことや誰も予測のつかないことの連続の中でこそ、命は輝くのかもしれません。


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文豪の命式と作品性① 江戸川乱歩

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1894年10月21日生まれ 男命

丙 甲 甲
申 戌 午


江戸川乱歩は幻想怪奇小説や探偵小説などで有名ですが、本人は最初は意外ですが正統派志向だったそうです。

でも、正統派の小説を書いていた時よりも異端な小説を発表しはじめた時にブレイクしたようですね。


その理由は命式にそのままあらわれていると思います。

命式を一見した時にまず目につくのが・・・


年月の天干にある偏印


まさに偏った思考、異端、を意味する通変です。


そして、五行では木と火が特徴的な命式であることから、想像力の豊かさや感情の激しさをあらわします。

「印」は内向性や知識欲や思考も意味しますが、外側には向いていないため人間の内面への興味や関心が深く、過剰になると病的に思考の沼に陥ってノイローゼなどの精神的病にも通じてしまうこともあります。命式に程よくあれば集中力や思考力に長け頭の良さへと通じますが、ひとつ間違えると本当に人生が生きづらくなることもあるのです。

江戸川乱歩は人付き合いはあまり得意ではなく、自分の世界に没頭したり孤独を好む傾向にあったといいます。

命式から見てもその傾向は読み取れますし、自分の世界に没頭し小説を書くことで自分というものを表現しそうして生きる術を書き物の中に見出していたのかもしれませんね。


人間の暗部に深く入り込み、普通の人が表現できないようなところまでさらけ出すような作風は、乱歩の飽くなき探求心と好奇心からくるのでしょうか。


『鏡地獄』

人間椅子

『屋根裏の散歩者』


など、多くの乱歩の作品には、
見たくないけれどちょっと覗きたいような、誰もが目を背ける人間の心の奥底の闇を垣間見せられるようなところがあります。

独自性の塊のような作品が多いですね。

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五行の「火」は表現欲であり、そしてある種の激しさもあります。

丙は本来、
カラッとした明るさのある太陽のような干ですが、この命式は三柱でみるとそのエネルギーは内側に向きやすく、ここに記載はしていませんが幼年期の大運(大運の初旬など)が水旺であり火の勢いが非常に弱かったことも影響しているのではと思います。

文豪にも色んな方がいらっしゃいますが、命式の偏りはやはりその作家さんの作品性をとてもあらわしているとどの方を見ても思います。命式の五行が偏っていればいるほど、独自性は強くなっている傾向はやはりありそうです。


江戸川乱歩に関していえば、
彼の異端児ぶりや興味が人間の心やその暗部に向いているところ、そして想像力が尋常ではないところは命式からも読み取れるところですね。


私自身、偏印の多い命式であるため同じような傾向があったりします。

だからかどうかは分からないけれど、乱歩の作品に心惹かれる部分があるのかもしれないですね。


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文豪の命式と作品性についての研究~文豪ストレイドッグス~

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自粛生活の現実逃避?夜の一人時間のお楽しみ?時間にはまっていた漫画『文豪ストレイドッグス

普段そんなに漫画は読まないんですが、有名な文豪たちがたくさん登場するということで軽い気持ちで読んだらこれがとても面白い。
文豪を題材にしているだけあり、セリフのひとつひとつが美しいです。それぞれのキャラクターや関係性も実際の文豪と符合するところもあり、様々な葛藤や人間模様にも深みがあります。

アニメバージョンもかなりクオリティが高く、バトルものでもある本作はやはり動きのあるアニメに見どころがあるようにも思います。


この文豪バトルの世界観にはまりながら、

ふと「文豪たちの命式とその作品性の特徴を四柱推命的視点でみてみたい」

と思いつき、文豪ストレイドックスの登場人物を気ままに命式研究してみることにしました。

それぞれの作家の性格や人生は作品とどのように関連していそうかとか、四柱推命的な視点で思いつくままに、自分なりに楽しんでみたいと思います。


第一弾は・・・

私の一番好きな文豪江戸川乱歩さん。


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毒気のあるもの、エキセントリックなもの、奇想天外なものが大好きな私は若い頃に乱歩の小説に衝撃を受けました。

唯一無二の独特な世界観。

はじめて『人間椅子』を読んだ時の衝撃を超えるものはなかなかありません。


敢えて第一弾は、主人公ではない乱歩さんからはじめたいと思います♪

それは「絶対」ではなく「手段」であるということ

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四柱推命の命式が示すもののひとつに、

起こる事象に対してどのように反応するか

ということがあります。


今目の前で起こったことに対しての対応の仕方、理解の仕方、感情の処理の仕方などは本当に千差万別で、それは命式の数だけあるとも言えるでしょう。性格傾向やクセのようなものは、そうやって長年の反応の積み重ねによってできていく部分は多いかもしれません。

反応の傾向性は元々生まれ持ったものがあるのなら、もうそれは変えることができず例えばネガティブは一生ネガティブということになるのでしょうか。否、それって実は自分の意志で変えることもできるはずなのです。


四柱推命などの占い、それはもうその人の人生や性格などがすべて決まっていて抗えないもののように言う占い師さんもいます。あなたはこういう人だからこうするしかない、というような。

でももしそうだとしたら、生きることって全く面白くない!と私は思ってしまします。

たしかに、生まれ持った自分の命式の個性はそれに自然なかたちで生かしていくことがスムーズに人生が流れていくというのは事実です。生まれ持った個性と真逆のことをしていくと、その道は決して楽ではないことは確か。

とはいえ、その真逆さえ敢えて選択する自由も人間にはあるのですよね。


宿命という抗い難い部分は誰しもあるけれど、人には変えられる部分の方が多いはずで。

何か起こった時に、一瞬客観的に自分を見る「間」のようなものがあれば反応自体を変えていけるのではと思います。


「いつも私はこういうことが起こった時、必ず向き合わずに逃げてしまう」

と感じていてそれを変えたいなら、次にそれが起こった時に「よしきた!」と準備しておいてみる。

分かりづらいかもしれないけれど、自分のその反応を前もって知っておくということかもしれません。


四柱推命の存在意義はそこかなと私は思うのです。

自分を良い方向に変えていくための手段。

あくまでも手段でしかなく、何か答えを与えてくれるものでも神の啓示のようなものでもない。


主体はあくまでも自分自身でしかないということ。

そんなことを、四柱推命とともに歩む日々で実感しています。


元々生きる意味というものが存在しているのではなく、

どのように自分で創造していくのか。


そんな厳しさと自由度が人生にはあるのかもしれません。

「意味づけ」で人生の見え方は変わるというお話

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人生において、

辛かったあの時期

というような時期が誰しもあると思います。

私もあります。


思うように生きられず、なんだか身動きも取れずただただ悶々としていた時期。

明らかに逆風ばっかりで前に進めず、何をやっても上手くいかなかった時期。

本当に心が望む生き方ができず、無理をして病気になったりやる気を失ってしまった時期。

人によってそれは様々でしょう。


もしかすると今現在がそんな状況の人もいるかもしれません。

運命学の視点からみると、

そういう時期はむしろ自分を耕す時期(成長の時期)と考えることができます。

すべてがそうだとは言えないけれど、人はつらい経験によって磨かれ成長していくものなのかもしれません。


幸せは相対的なものではなく自分自身が心で感じるものですよね。

結局「幸せ」を感じるということは、その裏側にある「幸せでないこと」を知っていないと感じることができないもの。

様々な経験の中で悲しみや辛さを味わったから、幸せが何かということが分かる。


何も起こらない人生って、本当はすごく不幸なのではないでしょうか。


色んな事があって、その経験で自分が何を得ていたか?

嫌な思いはしたけれど、あの出来事がなかったら今の自分はもっと精神的に幼いままだったかもしれない。


というような過去に何か良い「意味づけ」ができれば、その時点でもうそれは不幸な出来事ではなくなる。

人生はその連続で、生まれてきた意味を探すのではなく自分自身で「意味づける」ことで創造していけるものなのかもしれません。


鑑定させていただいたある方に、

「これまでの辛かった時期は自分が成長するための時期だったと気付きました」

と言っていただき、私は何だかすごく大切なことを学ばせていただいたような気持ちになったんです。


人生はすべて、自分自身がどう意味づけるかによって見え方が大きく変わる。


これが真実なのだろうなあ、と。

この世界で唯一変わらない真実

この世界で唯一変わらない絶対の真実って何でしょう。

それは、


この世界に変わらないものは何ひとつない


ということが唯一の真実。

人の気持ちも価値観も周囲の環境も常識も、日々刻々と変わっていく。

変わらないと思っている、揺るぎないはずのものもいずれは必ず変わっていくのでしょう。


私自身も自分の変化を感じながら日々を過ごしています。

色んな相談を日々受けさせていただくなかで色々と思うところがあり、今現在は鑑定をお休みさせていただいています。運命学や陰陽五行に対する探究心や好奇心は変わらないけれど、それをこの人生でどう生かしていこうかということについて考えていて。


生きている限り、

変われる限界まで良い方向に変化しながら生きていきたい。

そういう思いが今はとて強いですね。


これまでの人生を振り返れば、出会ったたくさんの人が私を変えてくれたんだなあと。

その中でも、やっぱり私の人生をひっくり返すくらい変えてくれたのは子供たち。良くも悪くも人生を引っかき回して大いに学びを与えてくれる存在、それが我が子・笑


易経は「変化の書」といわれています。

易で分かるのは、変化の「兆し」

これから今の状況がどのように傾いていくのか。それがはっきりと分かる。読み間違えると大変なことになるけれど、生きる指針となってくれる東洋の考え方だと思います。


なるべく考え方はシンプルに、
そしてどんな状況の中でも幸せを見つけられる柔軟性が必要な時かもしれません。

2019年の終わりに実感すること

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長らく更新していませんでしたああ@@;

 

とにかく試行錯誤や体験や失敗を繰り返しながら、ひたすら走ってた1年だったような気がします。

己亥は私にとっては行動の年、まあそのまんまそんな感じです^^;年末あたりになってやっと、思い描いてたことがカタチになりかけてきた・・・くらいのものだけれど。

 

鑑定も育児もなにもかも、やればやるほど大きな課題や挑戦がまだまだあるということを実感しまくりで、進んでる方向が自分にとっての正解なのかまったく分からなくなった時もあったり。でもとにかく止まらず進んできたなあという感覚だけはあったかな。

 

ご相談者様と実際に会うことなく文章だけでのやり取りの限界と、一方で文章だからこそ伝えられることもあるということを感じます。通じ合えた実感を持てた鑑定もあれば、短い依頼文からもっともっと色んなことを感じ取れていればよかったと悔しい気持ちになった鑑定もあり【正解】って一体何なのかと。こういう分野に答えはないんでしょうけど。

 

暦の上では2月まではまだ2019年が続きますが、新たな時代が始まった今年は私にとって何を意味していたかをもう一度考えてみたいなあと思います。

 

色んなことを学び続けながら、2020年も日々精進しながら鑑定に取り組んでいきます。